クロス・ポイント・エール

 

 

 

 どこの街にもある、一つの歓楽街。そこの一角で待ち合わせた連中に連れられて、レオリオは照明のない長い階段を下りていく。

 

「おいおい、何もこんな店じゃなくてもよ」

「何言ってんだよ、もうそんなウブな年じゃねぇだろ?」

「思い出に持っていけって!」

 

 肩に腕を回され、参ったなぁと思いつつ派手な看板を掲げた扉をくぐる。

 

「いらっしゃいませ〜お待ちしておりましたー!」

 

 薄暗い店内に入ると、華やかな声に出迎えられた。

 橙色を基調とした明かりの中で応対する女性店員は、普通の喫茶店などより、ちょっと過激な服装だ。

 服から覗く見事な胸の谷間に、これも悪くないなと鼻の下を伸ばす。彼女らに話しかけとうとした所で、奥から出て来た人物にレオリオの目がいく。

 見慣れた金髪の整った顔。細身のスーツ姿。

 つい数時間前も、顔を合わせた人物。

 その人物の顔を認識し、目が合った瞬間、レオリオは思わず指差していた。

 

「あぁっ!? ク、クラピカ、何でお前……!」

「………」

 

 眼前で響き渡った大声に、クラピカは無言のまま眉間に皺を寄せる。

 表情は完全には崩していないものの、明らかに目が「面倒くさいことになった」と言っていた。

 

「ん?何だ?」

「レオリオ、もしかしてお知り合い……とか?」

「あ。え、え〜っと……」

「偶然だな、レオリオ」

 

 どもりかけたレオリオに被せる勢いで、クラピカは話し出した。瞬時に営業スマイルへと変わり、淀みなくレオリオの連れに説明をし始める。

 

「彼には以前、うちの従業員を助けてもらったんですよ。道でタチの悪い連中に絡まれた所ね」

「ほ〜、レオリオやるじゃん!」

「ま、まあな……」

 

 仮にも医学生であるレオリオがマフィアの人間と知り合いというのは、些か不自然だろう。

 クラピカの素性などを追求されても困るので、レオリオも適当に話を合わせる。

 クラピカは人の好い笑みを浮かべてみせた。

 

「これも何かの縁でしょう。今日は私のおごりです。どうぞ皆さん、お好きな物を頼んでください」

「マジかよ! いいんスか!?」

「ええ」

「うわっ、ありがとうございまーっす!!」

「いやぁ、悪ぃなぁ〜」

 

 クラピカが先導するのに一行はぞろぞろと続いて、広めのテーブルへ案内される。出遅れたレオリオは一番後ろに付いていく。

 

「はーい、おしぼりどうぞ!」

 

 一同が腰を下ろすと、すかさずメニューとお手拭きを持った女性が現れ、一人一人に手渡していく。

 基本料金が高いだけあり、サービスは行き届いている。一同を見渡した後、クラピカは丁寧に一礼した。

 

「では、私はこれで。皆さん、どうぞごゆっくり」

「はーい!!」

「あざーす!」

 

 手を拭うレオリオの視線の向こうで、クラピカは奥へとはけていく。他の客とすれ違うたびに、完璧な笑顔で一言かけていた。

 ……何だよ、随分手慣れてんじゃねーか。

 

「ここにしてラッキーだったな!」

「ほんとほんと!太っ腹だなぁ、お前の知り合い!」

「お、おう。そうだな…」

 

 一人がレオリオの肩を引き寄せて問うた。

 

「ところでさ、あの人一体どっちなんだ?」

「どっちって?」

「鈍いなお前〜。男か女かってことだよ!」

「………」

 

 

 クラピカに礼を言ってくると言い、レオリオは友人達の席を離れ、店の奥へと進んでいく。

 地下にある割には広めの店らしい。まだ時間は早いが、客足は上々のようだった。

 クラピカの知り合いであることは既に知れ渡っているのか、従業員に止められることはなかった。

 

 VIP専用と思われる豪華な装飾が付いたソファで、クラピカはグラスを傾けていた。

 やってきたレオリオを一瞥した後、クラピカは目線をふいと逸らす。こんな場で顔を合わせてしまったことに、お互い何となく気まずさがあった。

 しばし迷った挙げ句、レオリオは先に話しかける。

 

「……なんでお前ここにいんだよ」

「……ここは私の組が経営している店の一つだ」

 

 クラピカはにべもなく答えた。

 

「普段店の運営は現場に任せているんだが、組で世話になっている人物が来ることになってな。若頭である私が挨拶をしない訳にはいかなかった」

 

 なるほど。事情がわかってみれば、最もな理由である。

 考えてみれば、クラピカが好き好んでこのような店に出入りするはずがない。手馴れた様子につい邪推をした自分を少し反省していると、クラピカがレオリオをちらりと横目で見てきた。

 

「……君こそ、外せない用事だから早く上がると言っていたが、随分大事な用だったようだな」

 

 口調が刺々しい。レオリオは苦い顔を作りつつ、クラピカの隣に腰掛ける。

 

「オレだって知らなかったんだよ。普通の飲み屋に行くと思ってたんだ」

「ほぅ」

「……んな怒んなよ」

「別に怒ってなどいない。君のオフの使い方など、私がとやかく言うことでもないだろう。君が言い訳をする必要はない」

 

 じゃあ何でお前機嫌悪いんだよ、とは聞けなかった。

 わざわざ火種を大きくする趣味はない。

 

「………」

 

 賑やかな笑い声がそこかしこで響く店内にも関わらず、二人の間には沈黙が漂う。気を遣ったのか、店員の一人がレオリオにメニューを渡しに来た。

 アルコール濃度が低めのものを頼み、運ばれた酒を喉に流し込む。流石、値段が上なこともあり味は良い。

 

「あ〜……しかしお前も大変だよな」

 

 空気を変えるべく、レオリオは再度口を開いた。脈絡のない言葉に、クラピカが閉じていた瞼を開く。

 

「こういった場所だと、マフィアのお偉いさんに、おべっかばっか使わなきゃなんねぇんだろ」

「……そういった人間の方が、解りやすくて寧ろ楽だ。損得で動いている人間は扱いやすい」

 

 すげなく返ってくる言葉は、それだけクラピカが裏社会に慣れてしまったことの証でもある。ハンター試験の時のように、お互い感情を剥き出しにしていた頃が懐かしい。

 幼い時からの目標があるとはいえ、自分は呑気に大学に通っているというのに、クラピカはあの頃とは全く違う服装に身を包んでいる。酒の所為もあってか、彼の横顔を見ながら少し切ないような気持ちを覚えていると、クラピカがこちらを見てふっと微笑んだ。

 

「君も、解りやすいと言えば解りやすいがな」

「……ほっとけ」

 

 挑発するような悪戯っぽい表情に、やっぱり可愛くねぇと胸の内で毒突く。

 空気が解れた所で、離れた場所から笑い声が響いてきた。レオリオの友人達のものだ。

 クラピカは視線をテーブルの方に遣った。

 

「しかし…随分と賑やかだな」

「まぁな…。大目に見てやってくれよ。あいつらが騒いでるのも、オレの為なんだ」

「……君のため?」

 

 どういう意味だと聞いて来た瞳に、レオリオは答える。

 

「あいつら、大学の友達なんだ。オレがハンターで、暗黒大陸の調査隊に入ったってことも知ってる。去年の終わりから殆どこっちに出ずっぱりで、碌に授業も出れてなくてな。多分このまま渡航に出発することになると思うって言ったら、渡航前の激励だっつって、故郷からわざわざ来てくれたんだ」

 

 まぁ彼らも普通の学生であるので、それにかこつけて騒ぎたいというのも十分にあっただろうが。

 レオリオに負担がかからないよう、全てセッティングした上で連絡してきてくれた友人達のことを、レオリオは好ましく思っている。

 渡航から無事に帰って来た後も、付き合いたいと思う連中だ。

 

「会議を早く上がるのは悪いと思ったけどよ…でも…断れる訳ねーだろ」

「……良い人達だな」

「ああ」

 

 二人の会話に同調するように、また陽気な声が届いてくる。

 

「……早く戻ってやれ」

「え?」

「お前を待っているのだろう?」

 

 クラピカはグラスを置いて立ち上がった。

 

「私も仕事場に戻る。最初に言った通り、代金は私の名で払っておくから、気兼ねせず楽しんでくれ」

「いいのかよ本当に。オレが言うのも何だけど、あいつら遠慮はないぜ?」

「構わない。最後の集まりなんだろう」

 

 少しだけ迷ったが、レオリオはクラピカの気遣いを受け取ることにした。

 

「ありがとな。お前も頑張れよ」

 

 クラピカは笑みを浮かべてみせた。淡いライトに照らされた瞳に、優しげな光が宿っていた。

 

 

 

 入り口の方まで連れ立って歩く。

 テーブルの前でレオリオと別れて、クラピカは店の出口へと向かっていった。

 友人達の輪の中に戻りながら、レオリオは振り返り、階段を上がっていくクラピカの背中を見つめる。

 部下らしき人間が、外から扉を開ける。入り口から光が射して、クラピカが登る階段は更に暗く見えた。

 伸びた影は、階段の下方の更に暗い影に混じっていた。

 仲間達の弔いの為、彼が自ら沈んだ世界。

 彼の日常となっている場所から早く抜け出る日が来ることを、賑やかな声に包まれながら、レオリオはひっそりと願った。

 

 

 

END