Break one's journey

 

 

 

 風呂上がりの身体を、冷ややかな空気が撫でていく。湿った髪をタオルで拭きながら、クラピカは当座の寝室に宛てがわれた部屋のドアを開ける。

 

「お、上がったか」

 

 クラピカが部屋に戻ると、先に風呂を済ませていたレオリオが手前のベッドにいた。

 

「ホットミルク作ったんだ。お前の分も用意してやったからあったかいうちに飲めよ」

 

 サイドテーブルにあるマグカップを渡される。例に漏れずしっかり二十キログラムの重みを持つそれを、礼を言いつつクラピカは片手で受け取る。

 ………相変わらず重い。一瞬手が重みに引っ張られるが、何とか耐え、両手で抱え込む。

 立ち上る湯気と香りに思わず呟く。

 

骨折だから牛乳か

「単純だとでも言いたげだな。牛乳なめんなよ? カルシウムは勿論だがタンパク質、アミノ酸、ビタミンもいっぱい含まれてて疲労回復には最適なんだぜ」

「そうか。詳しいな」

 

 ここぞとばかりに得意げに述べるレオリオの話は、実はクラピカもすでに知っているものだったが、彼の機嫌を損ねる必要もないので相槌を打った。

 火傷しないよう、息を吹きかけて少量を口に含む。

 

「…うん、おいしい」

「だろぉ?」

 

 クラピカの反応に、レオリオは満足そうに笑う。

 

「少し甘い気がするが、これは蜂蜜か?」

「お、当たりだ。スプーン一杯分入れてある」

「君はこういうことにはマメだな」

「こういうことって何だよ、オレは『気配り上手のレオリオさん』と呼ばれた男だぜ」

「初めて聞いたぞ、その呼び名」

 

 軽快なやりとりは慣れたもので、突っ込みをするクラピカもされるレオリオも、笑みをニヤリとしたものに変化させた。

 パドキア共和国は標高が高いこともあり、暦では少しずつ春に近付いているとはいえ夜はやはり冷える。レオリオの用意したホットミルクのお陰で、湯冷めしかけた身体が芯から暖まるのをクラピカは感じた。

 隣に視線を移すと、窓際のベッドでゴンは気持ち良さそうに寝ている。

 飲み干されたマグカップが置いてあるところを見るに、暖かくなったら急に眠気が来てしまったのだろう。特訓用の重りをまだ着けたままだ。

 クラピカの視線に気付き、レオリオもゴンの身体の重りを見る。

 

「どれ、外しといてやるか」

 

 手際よく外すと、レオリオは重りを床に投げた。

 服を放るような軽々とした扱い。だが上下合わせて五十キロだ。気付いたクラピカが指摘する前に、落下したそれがドシン!! と床で派手な音を立てた。

 思わず、二人揃って身を竦める。

 

「…レオリオ」

「ワリ」

 

 非難を込めて名前を呼ぶと、素直に詫びたレオリオは、今度はベッドの横にひとつひとつ重りを下ろした。

 ずいぶん大きな音だった上に、重りがいくらか床板にめり込んでいたが、ゴンはまだ夢の世界のようだ。すやすやとした寝息が聞こえてくる。

 微笑ましい様子に笑いを零した後、クラピカは窓の外の景色を眺めた。明かりのない闇夜に、ぼうっとククルーマウンテンのシルエットが浮かんでいる。

 

 ……思いがけず、遠くまで来てしまった。

 

 キルアを取り戻すことに、多少日数はかかるだろうと思っていた。しかし修行まですることになるとはクラピカも予想していなかった。

 常人の存在しないゾルディック家には、常人では計り知れない世界がある。そのルールに則り、自分達は正面からキルアに会いに行くことを選択した。

 最低片方二トンの扉、通称「試しの門」を開けるために、特訓に励む日々。焦りは無いのかと、クラピカは一度ゴンに尋ねたことがある。

 

 

『ちょっとはあるけど。でもゼブロさんやシークアントさんみたいな人がいるなら、キルアもまだ大丈夫かなって。キルアのことを考えているのが、オレ達だけじゃないってわかったから。だったら、ちゃんと正攻法でいこうと思うんだ。それが一番でしょ』

 

 

 その言葉通り、修行に励むゴンはもうすぐキルアと会えると確信しているからか、どことなく楽しげだった。

 丁度良い温度になってきたカップの中身を啜りながら、クラピカは言う。

 

「…観光ビザの期限は、あと三週間だな」

「ああ。けど何とかなるだろ。オレ達ならな」

「……」

「…何だ?」

 

 じっとレオリオの顔を注視するクラピカに彼が聞く。

 

「いや、私も同じことを考えていた」

 

 小さく微笑んでみせ、クラピカはまたホットミルクに口を付けた。

 

 

 そう、不思議と不安はなかった。それはクラピカだけでなく、レオリオも同じらしい。

 ゴンの言うように、キルアを思う人間がこの家に存在するということも理由の一つだ。

 しかしそれだけではない。根拠はないが、そう言えるだけの自信を自分たちは持っていた。

 それは、試しの門は数人がかりで開けることを許可されているという事実からではない。目に見えない、けれど確かにある繋がりから。

 

「う〜ん…」

 

 ふとゴンがもぞもぞと身体を動かした。起きたのかと二人は彼を見つめる。

 

 

「キルアー…」

 

 

 ゴンの寝言に、クラピカはレオリオと顔を見合わせる。

 そして、どちらからともなく、小声で笑った。

 

 

 

 独房で過ごす日々だが、日によっては寝る時のみ自室に戻ることが許されていた。

 しびれが残る腕をひらひらさせつつ、キルアは階段を上がる。

 たった数ヶ月の間離れていた自室に戻り、クローゼットからタンクトップと寝間着を取り出す。拷問の跡が残った体に服が擦れるが、今更痛みにいちいち驚いたりはしない。

 

(ゴンの奴、まだゼブロのトコにいんのかな)

 

 数日前、母親が平静を装いつつ知らせてきた話を思い出す。眩しかった時間がキルアの胸をちくりと刺した。

 三人の面影を浮かべながらベッドに転がると、すぐ傍のテーブルにまだ蒸気が上るマグカップを見つける。キルアは少しだけ目を大きくした。

 大方ゴトーあたりが用意したのだろう。身体を起こし、ミルクが並々と注がれたカップを手に取った。

 

 

「…あっま」

 

 

 己の好みを把握した品に、キルアはニッと笑みを浮かべた。

 

 

 

 

END

 

 

 

 

念願のククルーマウンテンの時間軸の話です。フォロワーさんのリクエストでお題を頂いた時から、冬っぽい話がいいなと思って書きました。

(本編だと春先の気もしますが…;

レオクラも勿論ですが、メイン4人の空気が大好きなので、それが少しでも出るように意識しました。

タイトルの意味は「途中下車」。お互いのそれぞれの目的の途中で、思いがけず共有した時間ということで名付けました。

あたたかい雰囲気を感じて頂ければ幸いです。

 

ご拝読下さり、有り難うございました。

 

2015.12.9