Ⅵ、
次の日。いつの間にか戻っていた相手と、ホテルの朝食会場であるレストランで顔を合わせる。
昨晩あったことは、表面には出さないで会話を交わす。
示し合わせたわけではないが、何となく二人ともそうしていた。年下の友人たちを心配させるわけにはいかなかったからだ。
そのくらいには通じ合う仲であることが、逆にレオリオの胸を締め付けた。
駅に向かう道すがら、坂を下りながらゴンはクラピカに昨日の話をしている。キルアと一緒にどこへ行ったか、どんなものを食べたか。それに楽しそうに耳を傾けるクラピカの横顔を、レオリオは何となしに見つめる。
すると、前の二人とは少し距離を置いて、キルアがややスピードを落とした。
並ぶような位置に来た彼に、歩幅を狭くして同じようにレオリオは隣に並ぶ。
物言いたげな視線は朝からすでに感じていた。思ったよりも直球に、キルアは問いかけてきた。
「アンタたち、喧嘩でもしたの?」
やはり、悟られたか。
「いや……喧嘩っつーか、なんつーか」
「いつも仲良いくせに?」
「……そんな風に見えてんのか?」
「うん。え、違った?」
おどけたように、とぼけてみせるキルアを見たレオリオは、気まずそうに頭をかいた。
結局のところ、自分はクラピカとの距離を計りかねている。
キルアはからかう口調を消して、ずいと顔を近づけるように一歩また歩を近づける。
「なに、本当に喧嘩したの?」
「喧嘩じゃねーよ。ねーけど……」
言いながらも声がどんどん小さくなっていく。
我ながら女々しいと思いつつも、赤い背中を見ながら、レオリオは答える。
「アイツと自分の違いに、気づかされちまっただけだよ」
訝しげなキルアに、レオリオは話を端折って伝えた。
すると、思ったよりも軽い反応をされた。
「役不足、ね」
言葉を口の中で転がしたキルアは、素直じゃねぇの、と呟く。
「その言葉の意味、レオリオが間違って覚えてるのも予想してんじゃない?」
「……何?」
キルアは意地悪そうな笑みを浮かべる。意表を突かれ、反射的にレオリオは瞬きをした。これはレオリオが手を焼く悪ガキの表情だ。
「『役不足』の本当の意味、知ってる?」
「へ? その役割をするには力が足りないってことじゃないのか?」
「それは誤用。医者目指してんだろ? 一般常識ぐらい知っとけって」
ぐうの音も出ない。レオリオは検索機能の付いた手持ちの携帯で、単語の意味を調べてみる。
だいぶ前に買ったものだし、そろそろ買い換えようか、などと思いながら電脳ページを開く。
数秒して、該当したページの読み込みが終わる。
「えー、なになに? 『役不足。力量に比べて、役目が不相応に軽いこと』……」
「レオリオが言ったのは、力不足のことじゃねーの? わりと知られてる話だと思うんだけどな」
「……ああ、なるほど! 力不足と役不足か」
レオリオの中で合点がいった。再度その意味を考える。
「……ってことは、つまり?」
「レオリオはクラピカのいう役目に、不足してるんじゃない」
まだ真の意味を捉えきれていないレオリオに、キルアは笑ってみせた。嫌味のない、彼なりの優しさのある表情だった。
「十分すぎるってこと」
「夢を見るのって、いつまで許されるんだろ」
駅周辺を観光した後、予定の列車に乗り込んで夕食を食べれば、あっという間に夜を迎える。
シャワーを浴び終えたゴンとキルアは、今日も寝台をくっつけて二人で枕を並べていた。
クラピカもレオリオもどこかへ行ってしまって、部屋には自分たちしかいない。
寝転がったままその疑問を口にしたキルアを、ゴンは不思議そうに眺める。
「オレはさ、夢は叶わないものだと思ってた。兄貴にあの家へ連れ戻された時、オレの旅は終わったんだって。また人殺しの生活に逆戻りだって、そう思ってた。でも、お前たちが来てくれたのを知ったら、会いたいって思った。オレでも望んでいいんだって」
だから、父に言ったのだ。「会いたい」と。
今までだったら、隠していた願いも。全てさらけ出して訴えた。旅に出たい、と。
そして父の思惑はどうであれ、自由を手にした。
けれど、ほかの面子はどうなんだろう? クラピカは? レオリオは? ハンター試験を受けた同期は……。
ようやく周囲を落ち着いて振り返ることができるようになったキルアにとって、その疑問が体の下の方にズシリとのしかかっている。昨日のクラピカの発言もあって、尚更に。
「夢は、誰だって、見ていいはずだよ」
ゴンは、自身を納得させるように言う。
「そりゃあ、どうしても難しいことはあるだろうけど。でもその時は無理でも、きっとまた変わるよ」
時間や状況によって、それは変わっていく。歩いていけば見える景色が変わるように。
現にハンター試験前は医者の夢を半ば諦めかけていたレオリオは、ハンター証を手にして、また進んでみることを決意した。
「レオリオだってそうだし。クラピカもさ。……誰にだって、それは許されてると思う」
「……だといいな」
ひねくれ屋と自覚しているキルアではあったが、それは本心だった。