両面テープの裏側をはがす。先程オーナーから許可を得たBARの外壁にポスターを貼る。
隣のものより、少し目立つ位置にしてみる。図々しいだろうが、自分たちにあまり時間はないのだ。これぐらいの主張は許してもらいたい。
接着面をしっかりと指で押す。落ちないのを確認すると、近くの店で印刷し短時間で作り上げたポスターを、レオリオは満足げに見下ろした。
人が集まるところには金も集まる。それを体現したようなヨークシンの人々は、ぽっど出の条件競売の話にも皆食いつきが良かった。
今日の盛り上がりはすでに噂になっているようだし、明日も観客は集まりそうだ。そうすればレオリオの狙い通り、自分たちが望むお宝への情報を手に入れることも可能だろう。
用意したポスターを全て配り終えたレオリオは、すぐにホテルには戻らず、ヨークシンの高台に設置された公園に立ち寄る。
近くの自販機で缶コーヒーを買い、喉を潤す。海岸沿いに設けられた手すりにもたれながらネオンの浮かぶ街を眺めた。
会える訳などないと、わかっている。
だが人混みの中に、つい彼を探していた。
上着からビートルを取り出し、時刻を見る。午後十一時五十分。そろそろ日付が終わる。
『九月一日、ヨークシンシティで!!』
ゴンから聞いた話では、仕事が忙しいため合流できないかもしれないとのことだった。
仕方がないことだ。クラピカの目的は、緋の眼の回収。護衛対象がヨークシンのオークションを目指してきたとなれば、当然忙しいだろう。
今頃マフィアに混じって、この町のビル街を走り回っているのだろうか。
その図を想像してあまり似合わないな、とレオリオは思った。
都会的な雰囲気は、クラピカには似合わない。彼には森とか川とか、自然の景色の方がずっと似合う。
地面にくっきりと浮かび上がった影を見つけ、レオリオは頭上を見上げた。
そう、月の光。
彼にはそれが似合う。
どこからそんなイメージが来ているのかと暫く考えたが、記憶をたどっていて、納得のいく答えが浮かんだ。
ああそうだ。ゼビル島だ。
遮るものが全くない夜空から降り注ぐ、眩しいくらいの月光に照らされていた金髪。
誰とも会わずに過ごしたあの四日間。
二人だけの夜に傍で光っていた輝きは、美しかった。
あの時に彼から初めて聞いた話、己が語ってみせた過去。交わした会話。微笑。
すべてが、クラピカへの感情に繋がっている。
苦めのコーヒーを飲み終え、レオリオはもう一度ビートルを見た。
電話番号は教えている。だが連絡はない。
涼しい夜風が耳の傍を通った。風の吹く間に心の中だけで呟く。待っているから、早く会いにこいよ、と。
消えない手の感触。血の匂い。
洗い流しても落ちない記憶。
旅団員との決闘でぼろぼろになった服を代え、どこか麻痺した感情のまま、クラピカはホテルの部屋でベッドに腰かけていた。
部屋の外ではセンリツたちが待っている。心音からクラピカの状態を慮ってか、室内には入ってはこない。だがノストラード氏が到着するまでに、彼女たちにも現状を説明しなければ。
無理矢理動かした視界に、放り出していた携帯が映る。何となしに手を伸ばし表示された履歴と日付を見た。
九月二日。
液晶画面に表示された文字列に、クラピカの顔は歪む。
ああ。約束。破ってしまった。
置き去りしていた心が再び鈍く痛む。
ずっと連絡をくれていたのに。距離を置いていたたった一晩の間に、己は人殺しに成り下がった。
こんなにも変わってしまった姿を、自分は彼らに見せられるのだろうか。
試験の時の記憶が甦る。輝いていた時間。語った夢。隣にあった顔。
……あれから、自分は随分遠くへ来てしまった。
クラピカは膝に顔をうずめた。もう彼らと肩を並べる資格など、ありはしない。
……資格とはなんだろうか? 誰かが言っていた言葉を思い返す。
星の光も届かぬ、迷い込んだ見知らぬ大都会。
夜が明けても、クラピカの歩くべき道は、見つけられそうになかった。